【ユニクロ江東千石店が閉店】ユニクロの店長時代を振り返ってみる

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ここは東京都江東区にあるユニクロです。実は約10年ほど前に4ヶ月だけこのユニクロで店長をしていました。

この店舗だけでなく、千葉県、茨城県、埼玉県といろいろなところで店長をしていたのですが、ココの店は短かった割りには、思い出がある店舗です。

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このユニクロが、なんと2016年8月に閉店するということで、ちょっとポケモンついでに行ってきました。

店長をしていたのは、もう10年前も前のことなのですが、「ユニクロの店長」というものをちょっとブログに残そうと思います。

ユニクロ江東千石店とは

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この店舗の西側は西葛西に大きなユニクロがあって、北側には錦糸町の大きなユニクロがあったのですが、南側の豊洲エリアや辰巳エリアには当時はまだユニクロがなく、また東側の銀座エリアにもまだユニクロが無かった時代でしたから、繁忙店でした。

ユニクロ江東千石店の場所

この店舗は住所で言うと、東京都江東区千石1-5-12でした。これいまでも暗記しています。

この店舗は、木場公園の裏にあるお店です。店番号は419番ですね。

後述しますが、この店舗は駐車場があるのですが、住宅街にあるので、大渋滞の原因になり、いろいろな所から厳しいお声をいただいていたのは、絶対に忘れられない思い出です。

店長にもかかわらず最重要業務は、なんと駐車場警備と、お待ちいただくお客様へのご挨拶だったのがとても懐かしいです。

大通りに隣接していないのに、たくさんのお客様が来店するお店でした。

ユニクロ江東千石店の特徴

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ユニクロ江東千石店は駐車場があり、かつ近隣の商圏から考えても、店舗面積と比較し、売上が高いので、在庫回転率が異常な店舗で、全国トップクラスでした。

倉庫といわれるバックルームが小さいので、全国の他の同じような店舗であれば、臨時対応でコンテナを借りて臨時倉庫を近くに設置するのですが、この店舗はそれさえできなかったので、在庫コントロールが非常に難しかったです。

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そして、スタッフの採用もすごく難しい店舗でした。銀座にでれば時給1200円の仕事はたくさんあったので、当時のユニクロの時給でスタッフを確保するというのは難しかったです。

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そして何よりも駐車場が難しい店舗で。

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ここも大家さんから借りていた駐車場なのですが、この鉄柱にクルマを擦ってしまうお客様から、これはユニクロの責任だ!と怒られたことが何回あったことか。

駐車場の誘導をしてくれる警備員の方は外部の会社にお願いしていたのですが、あの頃が本当に懐かしいです。

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そして、この駐車場にあるこのタイヤ止めなんですが、この黄色い反射するプラスチックが、ひとつだけ割れて外れてたのですが、これを内部監査で指摘されたのをいまだに根に持っています。

そんなことを指摘されるのは、全国でもそう無かったはず。逆を言えばここを指摘される程度で、他の項目はたいした指摘は無かったと思うから、よくがんばってたな。と思います。

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そして、ユニクロ店舗から歩いて20秒。ここが当時のアパートでした。住所は東京都江東区千石1-4-16でした。これもいまだに暗記しています。グリーンサイドビルです。

1階にやきとり屋さんがあって22時までユニクロで仕事をし、22時からココでご飯を食べながら、帳簿のチェックをしたり、スタッフを連れて不満を聞いたりしていました。

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いまはいろいろと厳しくなっているから、帳簿とかも持ち出しできないだろうし、スタッフとご飯なんかもパワハラとかセクハラとか言われちゃいそうで、きっといまのユニクロの店長は、いろいろ大変なんでしょうね。

ユニクロの店長とは

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ユニクロって当時から「完全実力主義」と謡っていて、これは内部だけでなく、外部に対しても公表しているところが素晴らしいと思います。

ユニクロの完全実力主義

ひとつの例で言えば、スーパースター店長は年収が1000万円を超えているというのを公開しているのもそれのひとつですし、これは実際に働いてにいたので、大きく情報は間違いないと確信しています。

ユニクロの意思決定は、すべて現場・現実・現物の3現主義を徹底していて、本部のデスク上で意思決定されるのではなく、現場からの要望が非常に強い意思決定要素になっています。

だから、ユニクロの店長は、社内的にも重要なキャリアパスで、店長を必ず経験させるようなキャリアプランは、本当に良いと思います。

実際にわたしも本部で、商品開発やEコマースを担当しましたが、店長時代に得た顧客志向や仕事の進め方などは、本当に貴重なものでした。

ただ、ユニクロを卒業し、ネット系の企業で働き、いま起業して会社を経営して思うことは、ユニクロの店長で得たものが、ユニクロの本部だけで役に立ったわけではなく、いまでもなお別の業界でも、すごく役に立っていると感じます。

いろいろあって書ききれませんが、能動的に仕事をすることは、ユニクロの店長時代に徹底的に教え込まれました。

それと部下育成は、業務そのものよりも人間教育が重要で、魅力的な人間になる事こそが部下育成であり、その上で「動機付け→教育→評価」が成り立つというのも間違いないです。

ユニクロの店長になるには、ぶ厚いマニュアルを3冊ほど、ほぼ丸暗記しなければなりませんでしたが、「3つの約束」、「販売6大用語」、「店長23か条」、「基本方針」などいろいろあるひとつに「ユニクロのミッション&ビジョン」というものがあって、それは長文ですがいまだに暗唱できます。

いつでもどこでも誰でも着られるファッション性のある高品質なベーシックカジュアルを、市場最低価格で継続的に提供する。そのためにローコスト経営に徹して、最短最安で生産と販売を直結させる。自社に要望される顧客サービスを考え抜き、最高の顧客サービスを実現させる。官僚的ではなく血の通ったチームとして革新的な仕事をする。結果として年率30%の売上を収益の成長を目指し、世界一のカジュアルブランドになる。

これは、いまわたしの仕事にもすごく役立っています。感謝感謝。

と思って、一応答えあわせしようとサイトチェックしたら、ちょっと変わってる。

世界水準のところとか、30%のところとか。やはり状況にあわせて少し変更しているんだろうな。

それでも、わたしがユニクロの店長時代に得た知識の中でも、とても重要な部分には変わりないです。

ありがとうユニクロ江東千石店

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ユニクロ江東千石店は2016年8月21日で閉店し、北砂の方に新しくユニクロができるみたいです。ちょっと寂しい気もしますが、この店舗のおかげでわたしはすごく成長できたと思いますし、当時一緒に働いてくれていたスタッフの皆さんもどこかで活躍してくれていると信じています。

そしていつまでもユニクロの店長時代に得たものは大切に、そしてしっかり利用してがんばろうと思ったのでした。

以上です。

 

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